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とこてく京都

京都の御朱印めぐりや、お店めぐりなど。京都とこてく。どこへゆく。

豊臣秀吉を祀る「豊国神社」(京都市東山区)へ。月命日御朱印/刀剣御朱印/御朱印帳ほか

今回は豊臣秀吉を祀る「豊国神社(とよくにじんじゃ、ほうこくじんじゃ)」京都市東山区をガイド。豊国神社では旧暦8月18日が豊臣秀吉の命日に当たることから9月18日に「例祭」が、翌日19日、茶道・薮内流家元による「献茶式」が行われます(詳細はご確認ください)。

※以下写真、過去さまざまな時期に撮影した写真が混在しています。

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豊国神社の鳥居。今年、元日に撮影したもの。正月三が日は普段は入れない「唐門」(後述)の奥に入り、「本殿」前でお参りすることができます。鳥居くぐると、正面に「唐門」(国宝)があります。

■ 豊国神社の由緒を簡単に ----------------------

豊国神社の御祭神は豊臣秀吉。秀吉は慶長3年(1598)8月18日、伏見城で死去。享年62、63とも。辞世の句「つゆとをちつゆときへにしわがみかな難波の事もゆめの又ゆめ」は有名ですね。

そして翌慶長4年(1599)秀吉の遺体は「阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)」(標高196m)山上に葬られました。ちなみに秀吉の死去から埋葬まで時間が空いていますが、その亡きがらはしばらく伏見城内に安置されていたそうです。

同年、阿弥陀ヶ峰のふもとには豊国社が創建され、秀吉は「豊国大明神(とよくにだいみょうじん)」という神号(神の称号)で祀られます。しかし慶長20年(1615)大坂夏の陣で豊臣家が滅亡すると、徳川家康によって社領地は没収、神号も廃止され、社殿は荒廃の一途をたどることに…。それから実に250年以上の時を経た明治13年(1868)新政府の命によって「新日吉神宮(いまひえじんぐう)」(「御神猿(真猿)」が安置されている「新日吉神宮(いまひえじんぐう)」(京都市東山区)へ(プラス、御朱印)。 - とこてく京都)の神楽殿を仮拝殿として再興され、同13年(1880)には現在の社殿が再建されました。さらに大正14年(1925)には本殿の隣に秀吉の正室・北政所を祀る「貞照(さだてる)神社」も創祀されました。現在、「出世開運」「良縁成就」の神様として信仰されています。

■ 境内風景 -------------------------------------------

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先に掲載した鳥居をくぐると、左手に「手水舎」があります。「五七桐紋」が見られます。

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「手水舎」の水が出るところが可愛らしい(^-^) その図柄のモチーフは、菊紋と桐紋かな?

 

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そして鳥居の正面に立つ「唐門」(国宝)へ。現在「唐門」で見られる彫刻群は退色していますが、往時は彩色され、きらびやかだったことでしょう。伏見城」の遺構と伝えられ、「国宝三唐門」の一つに数えられています。国宝三唐門とは、「西本願寺 唐門」「大徳寺 唐門」「豊国神社 唐門」。

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「唐門」の前には豊臣秀吉の馬印をかたどった開運招福 諸願成就の「千成ひょうたん絵馬」がまさしく“千なり”に奉納されています!!!

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また「唐門」の手前でリアルな「瓢箪」が栽培されていました。「東山瓢箪プロジェクト」さんが栽培されてらっしゃいます。豊臣秀吉ゆかりの東山地域において緑のカーテンや軒先で瓢箪を育て、風情ある街にしようという取り組みです。

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同じく「唐門」の手前に蜂須賀桜(ハチスカザクラ)」が植えられています。阿波徳島藩主・蜂須賀家に由来する桜なのだそうですヨ。春に桜を愛でに訪れたいですね。

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「唐門」にクローズアップ。中央の御神号額は後陽成天皇(ごようぜいてんのう:安土桃山・江戸初期の天皇)宸筆(直筆)による勅額なのだとか。

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「唐門」に施された鶴の彫刻は「左甚五郎の目無し鶴」と称されているそうです。左甚五郎は江戸初期の宮大工、建築彫刻の名人。鶴の彫刻があまりに本物に似ているため、目を入れると飛び去ってしまう恐れがあることからあえて目が入れられていない…そのため「目無し鶴」といわれています。

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「唐門」をくぐったところから撮影。普段は「唐門」の奥には入れませんが、正月三が日には門をくぐり、「本殿」前で参拝することができます。貴重な機会です。

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門扉では「鯉の滝登り」が表されています。門をくぐると、出世できるといわれています。出世できますように!!!(※注※今年正月に撮影)。

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「拝殿」の奥に見えるのが「本殿」です(※注※今年正月に撮影)。

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豊臣秀吉を祀る「本殿」。たくさんの方々がお参りに来られていました(※注※今年正月に撮影)。

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「本殿」の隣には「貞照(さだてる)神社」が鎮座。豊臣秀吉の正室・北政所が祀られています(※注※今年正月に撮影)。

■ 御朱印と御朱印帳 -------------------------------

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△以前いただいた御朱印。

御朱印の由緒書きによりますと、墨書きは豊国神社に宝物として伝わる「豊太閤関白印」の御銘なのだとか。御銘…おそらく青銅製の関白印に刻まれた文字や文章のことだと思います。関白印はその中央に「関白」、その周囲に「壽比南山」「福如東海」とあるようです。「南山」は唐の都・長安の南に位置していた霊験あらたかな「終南山」のこと。「東海」は仙人が住むといわれる「蓬莱山」のある場所。「寿命も福も共に仙人と同じように永く多かれ」という祈りが込められているのだそう。

墨書きの上には「五七桐紋」が押印されています。参拝日の下には、豊臣秀吉が終生用いたといわれる印判、通称「みみずの糸印」をかたどった朱印が押印されていますね。ちなみに印判の印文には何が書かれているのか?解読した人はいないそうですヨ。おそらく…ですが、こちらの「みみずの糸印」は豊国神社オリジナル御朱印帳のみに押印されると思います(定かではありません)。

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△今年8月にいただいた御朱印。

まずは右面、毎月18日、秀吉の月命日には「五七桐紋」の金印が押印されます。以前いただいた御朱印(上掲)と見比べると「朱印」(通常)と「金印」(月命日)の違いがわかると思います。そして左面、 通常、墨書きの中央には「関白」と記されますが、こちらは「豊国大明神」と記されています。なお、「関白」or「豊国大明神」はその日、御朱印を書いてくださる方によって異なるようです。

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△こちらは「京都刀剣御朱印めぐり」「骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)」の特別御朱印。

骨喰藤四郎とは豊国神社 所蔵の名刀です。豊国神社をはじめ、「粟田神社」(東山区)、「建勳神社」(北区)、「藤森神社」(伏見区)では「京都刀剣御朱印めぐり」が行われています(~9月30日まで。詳細はご確認ください)。

鎌倉期につくられた日本刀「骨喰藤四郎」。その名のゆえんは「斬る真似をするだけで骨まで砕ける」という言い伝えから。京都粟田口の刀工・藤四郎吉光が、もと「薙刀なぎなた)」を太刀に仕立て直した「薙刀直し刀(なぎなたなおしかたな)」です。御朱印の右に「薙刀直シ刀」という墨書きが見られます。

もとは大友能直源頼朝から拝領した薙刀 → 大友家から足利尊氏に献上される → 松永久秀の所有となる → 再び大友家の所有となる → 大友家から豊臣秀吉に献上される → 豊臣家滅亡。徳川家の所有となる → 明治維新後、豊国神社へ奉納される…という歴史をたどっています。

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△こちらは以前いただいた書き置きの御朱印です。

薄紫色の和紙に先に紹介した「豊太閤関白印」の御銘が墨書きされています。月命日に参拝していますので、墨書きの上の「五七桐紋」が金印です。

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△以前授与いただいた豊国神社のオリジナル御朱印帳(五七桐紋、豊臣秀吉公花押)

白い紙をバックに撮影しましたら切り抜きのようになりましたね^^;; 上写真には“光の加減”で「五七桐紋」と「花押」が浮き出て見えていますが、通常は一見、黒一色に見える厳かなデザインです。ビニールカバー&ポストカード付きで以下写真のようなカタチで授与されています。個人的には好きな御朱印帳デザインの一つです。

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△オリジナル御朱印はビニールカバー&ポストカード(2枚)付き。

ポストカードは「豊国祭礼図屏風」(重要文化財/狩野内膳 筆 豊国秀頼 奉納 豊国神社 蔵)の右隻部分、左隻部分です。上の写真では見えませんが、豊国祭礼図屏風には当時の……コスプレ!?が見られます(O_O) 

そのコスプレとは“山の幸 コスプレ”(゜o゜; “山の幸”って!?……“タケノコ コスプレ”です。タケノコの着ぐるみ!?を着た人物がいるんですヨ(゜o゜; 「豊国祭礼図屏風」は豊国神社の境内にある「宝物館」で見られます。

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△こちらは「骨喰藤四郎御朱印帳」。

先に紹介した「骨喰藤四郎」の画像、「五七桐紋」とおそらく豊臣秀吉の馬印「千成瓢箪(せんなりびょうたん)」をモチーフにした紋がデザインされています。

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このたびも最後までご覧いただき、ありがとうございました(^-^)