とこてく京都

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「梛神社(元祇園社)」「隼神社」の御朱印、節分祭の模様

京都市中京区に鎮座する「梛(なぎ)神社(元祇園社)(もとぎおんしゃ)」「隼(はさぶさ)神社」の御朱印を紹介します。※「祇」の字は「ネ(しめすへん)」に「氏」です。以降「祇」で書き進めますm(_ _)m 参拝当日は梛神社で「節分祭」(前日祭:2月2日、節分祭:2月3日)が行われていました。この日は梛神社、隼神社に参拝後「壬生寺(みぶでら)」の「節分会」へ(壬生寺の御朱印、御朱印帳はこちら)。両社の近くに壬生寺があります。

【境内風景】

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梛神社、隼神社は同じ境内にあり、2つの社殿が南北に仲良く並んでいます。南が梛神社、北が隼神社です。もともと蛸薬師坊城(たこやくしぼうじょう)にあった式内大社 隼神社(式内大社…『延喜式神名帳』に記載がある神社。大社に列する)が大正7年(1918)、この地に移されたのだそうです。※こちらの写真は節分祭ではなく、2012年に撮影したもの。このほかの写真は今年撮影。

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梛神社の御主神(ごしゅじん)は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。配祀神(はいししん)は稲田姫命(いなだひめのみこと)、宇賀御魂命(うがのみたまのみこと)ほか。隼神社の御主神は隼大神(はやぶさおおかみ)(武甕槌神[たけみかずちのかみ])。配祀神経津主神(ふつぬしのかみ)ほか。

梛神社が「元祇園社」と称されるゆえんは境内の案内板によると…。※以下、漢数字は英数字に直しました。上述と同じく「祇」の字は「ネ(しめすへん)」に「氏」です。

社伝によれば貞観(じょうがん)11年(869)京の都に疫病が流行したとき、牛頭天王(ごずてんのう)(素盞嗚尊)の神霊を播磨国広峰(はりまのくにひろみね)(現在の兵庫県姫路市)から勧請(かんじょう)して鎮疫祭(ちんえきさい)を行った。この時その神輿(みこし)を梛(なぎ)の林中に置いて祀ったことがこの神社の始まりであるという。

後に神霊を八坂(今の八坂神社)に遷祀(せんし)したとき当地の住人は花を飾った風流傘(ふうりゅうかさ)を立て、鉾を振り、音楽を奏して神輿を八坂に送った。これが後の「祇園会(祇園祭[ぎおんえ])」の起源と伝えられる。また、当社は八坂神社の古址(こし)にあたり、元祇園社と呼ばれる。

★余談…播磨国広峰とは昨年放送された大河ドラマ軍師官兵衛」でおなじみ、黒田官兵衛(孝高、如水)ゆかりのスポット「広峯神社」(兵庫県姫路市)のことですね! 梛神社が「元祇園社」と呼ばれる背景を知って「なるほど!」と感動。プラス、「梛の林中に」牛頭天王の神霊がお祀りされたことから「梛神社」なのか! 社名の由来を知ってもっと「なるほど!」でした。

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(写真には写っていませんが)節分祭は多くの参拝者で賑わっていました。

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厄を祓い福を招く「おかぐら奉納」。

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節分祭、古いお守り、お札を焼納する「お焚上げ」の模様。

【御朱印

※以前頂戴した御朱印もあわせて紹介します。上は今年、節分祭の折に頂戴した御朱印です。下は2012年、参拝時に頂戴した御朱印です。

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